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名探偵ポワロ

『さよならポワロ!~世界が愛した名探偵・25年の軌跡~』を見ました。

 

私は、『名探偵ポワロ』は『シャーロック・ホームズの冒険』と同時代とは言いませんが同じあたりに作られ、既に製作が終了したものだと思っていました。

 

 

一昨年2013年、最終話が作られ、日本では昨年、NHK BSプレミアムで放送されました。

 

シャーロック・ホームズの冒険 (テレビドラマ) - Wikipedia

 

名探偵ポワロ - Wikipedia

 

実際、製作年に重なっているところがあるので、当たらずとも遠からじといったところだったのでしょう。

 

実際、「ホロー荘の殺人」ではシャーロック・ホームズの冒険のワトソン役の俳優エドワード・ハードウィックが出演していました。

 

見た番組のタイトルにあるように25年も続くドラマは珍しいのですでに終わっている作品だと思っていても不思議ではなかったのです。

 

世界観がしっかり描かれているせいでもあったかも知れません。

 

まさか、登場人物がまだ存命であるとか現役であるとはちょっと思えなかったのです。

 

作られた時から古典だったと言えばいいのでしょうか。

 

落語ではそんな表現・評価があるらしいのです。

 

昭和に作られたとしても江戸の雰囲気やあるいは普遍的な世界観を表現した古典落語として完成された作品があるという意味なのでしょうね。

 

名探偵ポワロもそんなイメージがたしかにあります。

 

小説ではアガサ・クリスティーによって数十年にもわたって作品が作られ続けたキャラクターなのだそうです。

 

アガサ・クリスティーはだんだんとポワロというキャラクターが疎ましく感じられるようになったと日記か何かに書いていたのだとか。

 

完璧主義で形式にうるさく、実際能力があるけれども不遜に思える態度が鼻につくようになったのだそうです。

 

面白いですね。

 

以前にも別の小説家が、登場人物と舞台設定を考えるとあとは彼らが勝手に話を作ってくれる、自分はそれを文字に起こしているだけというようなことを言っているのを聞いたことがあります。

 

また、話のクライマックスで、書きながら自分もその物語を見ている者として泣いていたという作家の話も聞いたことがあります。

 

アガサ・クリスティーも、自ら作り上げたキャラクターであるにもかかわらず、作者自身が嫌っていながらそれを変えることも出来ず、気に入らないキャラの振る舞いをも含めて描き続けざるを得なかったわけです。

 

勝手に動き始めたキャラの活躍する様を、嫌な奴だと思いながら文字に起こしていった作者の思いというのはどんなものだったのでしょうね。

 

そういう意味では小説家というのは不思議で面白い仕事だと思います。

 

 ブログを書くのにも苦労している私からすると、数十年もポワロも含めて様々なキャラクターを登場させた作品をいくつも書き続けてきたアガサ・クリスティーが羨ましく感じます。

 

世界的な評価を受ける作家の文章の旨さやアイディアなどの才能が欲しいなどということは思いませんが、高齢になるまで文章を読み書きできたことに憧れを感じますね。

 

エルキュール・ポワロを演じたデヴィット・スーシェと彼を主人公にした一連のドラマ作品は、これまで作られてきた映画・ドラマの中でもっとも原作に近いと言われているそうです。

 

デヴィット・スーシェも叶うことなら自分の作品をアガサ・クリスティー本人に見て欲しかったと番組で言っていました。

 

「卵のような頭」と小説の中で表現したが何だろう卵のような頭って。

そんな頭見たことがあっただろうか?

 

アガサ・クリスティーがそんな記述を残していたことを知り、「ここにいる」とも言っていました。

 

面白いと感じたのは、原作にもっとも近いと言われている作品が作られた背景に、デヴィット・スーシェ自身のポワロ像の研究があったことです。

 

ポワロ役のオファーを受けた際に、デヴィット・スーシェはアガサ・クリスティーの小説を全て読み、気がついたポワロ像を箇条書きにしたそうです。

 

その1つにポワロはフランス人では無くベルギー人であることというのがあります。

 

ポワロファンなら当たり前に知っているようですが、私はかなり後まで知りませんでした。

 

しかし、ドラマ作品中でポワロはそこにこだわりがあって話相手にフランス人と間違われるとその都度、訂正しています。

 

ドラマの脚本や演出に、デヴィット・スーシェのキャラ作り、研究の成果が反映されているのです。

 

日本ではどうなのでしょうね?

 

俳優が監督や脚本家にアイディアや注文をつけるとうるさがられるという話を時々聞きますよね。

 

それと比べて、イギリスでは、少なくともこの作品は、みんなで作り上げられてきたということですね。

 

 

相当古い作品ですが『天河伝説殺人事件』という映画では、主人公浅見光彦役の榎木孝明さん(あの不食で話題になった方です)が、事件の核心に迫る推理をするシーンでこうしたら良いのではないか?と提案した所、「そんなことは考えなくていいから言われた通りにやれ」と言われたそうです。

 

実際やってみて納得がいかなかったらしいですが、出来上がった作品を見たら見事に事件のパズルをアタマの中で組み合わせていく様が表現されていたそうです。

 

そんな例もあるので、一概にどちらが良いとは言えません。

 

スタイルの違いということになるのでしょう。

 

でも、昔と違って一人一人の個性や能力が落ちてきたと言われてきている今、みんなでつくり上げるという方法もあっても良いのかも知れません。

 

 『名探偵ポワロ』、面白いので見る機会があったら全作品を見てみたいです。

 

結構、見ているはずなのですが、覚えていないのですよね。

 

25年も続いたのに、吹替版ポワロ役声優の熊倉一雄さんが最後まで声を担当できたのも奇跡みたいなものです。

 

シリーズ中期以降、企画当初からのプロデューサーの退任や制作母体の変遷など苦難が続き、一時期は制作されない時期もあった(近年では2007年に予定されていた第11シーズンの放送が2008年にズレ込み、告知のあった『オリエント急行の殺人』を含む各エピソードも先送りされるなどしていた)。こうした困難を経ながらも、長年のファンの期待に後押しされるように、断続的に制作は続けられた。

 

Wikipediaにはこのように書かれています。

 

こういった困難がありながら原作の全てをドラマ化できたこと、日本の放送で主人公の声優に変更がなかったことは本当に幸運だったと言えるでしょう。

 

DVDやBlu-Rayで完全版が出ていますし、完全版の幾つかも放送されたものを見たことがあります。

 

無料動画のGyaoでも配信していました。

 

 NHK放送時にはカットされてシーンが含まれているわけですが、残念なのはそのシーンでは声優が変わってしまっているのです。

 

最終話まで熊倉一雄さんが担当されているのですから、金銭的な理由やスケジュールなどの問題があったのでしょう。

 

しかし、これがかなり違和感のあるもので完全版というよりは「付け足された」という印象になってしまっているのは残念です。

 

でも、面白いので機会があったら見てみると良いと思います。

 

蛇足

推理作品は難しいと思うかも知れませんが、最初から推理することを放棄していれば普通のドラマと同様に頭を使わなくても見ることができるので、弱っているときには良い時間潰しになるでしょう。

 

頭の具合が良くなれば、自然とテレビよりも本を読むようになるのです。

 

思考力、記憶力、気力が鈍ってくるほどドラマを垂れ流しで見るようになるものなのだと経験から思います。

 

せめて、見たことを感想も含めてブログなどで記録に残す努力は続けたいものだと思い、この記事を書いています。