あれこれ備忘録@はてなブログ

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この世という監獄の中で生きる方法は何か?『ショーシャンクの空に』

映画『ショーシャンクの空に』を見ました。 随分前に友人に見るよう薦められてビデオを貸してくれたのに結局見なかった作品です。 殺人の罪に問われ、無実を主張しながらも、終身刑2回分(2人殺した罪)を言い渡されたエリート銀行員の監獄での出来事を描いた作品です。 劇中、「収容所では継続的にできることが必要」というようなセリフが出てきます。 主人公も綺麗な石を集めたり、黒と白の石をコインか何かで削ってチェスの駒を作ったり、図書館建設のための陳情の手紙を書き続けたりします。 別の話ですが、ナチスの収容所でのユダヤ人、旧ソ連でシベリアに抑留されていた日本人などで無事に開放・帰還まで体と心の健康を保つことができたものとそうでないものとの違いは、収容・抑留される前の生活習慣をどれだけ変わらずに続けられたかにあるという指摘があったと思います。 勿論、生活は収容所に入る前と後とでは大きく異なるわけですが、顔を洗う、歯を磨く、体操や軽い運動をするなど許されている範囲でどのくらい以前の習慣を続ける努力をするかが、生死を分けるほど重要だというのです。 人生に絶望する状況にあって、これらを続けようとするには実はかなり気力が必要です。 そして未来に希望が持てなくなる状況は、何も収容所や刑務所に入ったりしなくても起こります。 53歳独身「やることない」が反響 53歳独身だけどやる事なくて辛い -【はてなの風景38】 緩い絶望感を抱いている人は少なくないのではないでしょうか? この方は記事を見る限りでは、正社員で十分な給料をもらっているようですが、それでもこのような感情を持つものなのですね。 これから先が予想できてしまうことが緩い絶望なら、先が見えないあるいは下がることはあっても上がることはないだろうという展望を持ってしまうとこれは十分すぎるほどの絶望です。 そんな状況にある人は決して少なくないでしょう。 少ない収入、不安定な雇用状態にある人、うつ病などの心の病気や体の病気になって仕事や人間関係を失った人も程度に違いはあれ、監獄にいる囚人と同じなのかも知れません。 少なくとも囚人と同じ対処の仕方が必要なことは確かではないかと思います。 自分がしていることが先につながるとは思えなくとも、これまでやってきたこと、そして新しく始めるならそれを、途中で投げ出すこと無く継続することは大変ですが、大切だということです。 これには相当強い意志力、粘り強さが必要です。 心の病気になるとこれができなくなるんですよね。 そして、それをしないことでますます深刻な状態になっていくのですがそれがわかっていても難しい。 困難な状況になる前までは、心身ともに健康であった人でもそうなってしまうのですから当然ですが、それを受け入れればより悪くなるのは間違いありません。 ちょっとずつでも何かを始め、それを続け、また以前していたことを取り戻していかなければ。 蛇足ですが、先日、書いた倉田百三のような強迫神経症(強迫性障害)は、同じ心の病気でもちょっと異なっているところが不思議な所です。 当人の生活を決して豊かにすることはないのですが、ある行動が習慣化してしまい、それをせずにはいられないのです。 肉体も精神もへとへとに疲れきってしまうまで、それをしてしまうのですから、粘り強さと気力は人一倍強いとも言われています。 実際、この病気を克服した人はその粘り強さという特性を活かして活躍している人も多いそうです。 不謹慎ですがおもしろいものですね。 個人的には経験があるので、他人事には思えないのです。 視点を変えて考えてみると、こういった人は普段の生活の困難さに対処するために、無理やりに習慣を作り上げてしまったのかも知れません。 その習慣が世間一般から見て望ましいと評価できるものならば良く、そうでなければ病気であるという側面もあるのです。 自らの健康を害する習慣かどうか、生活に支障が出るかどうかという基準もありますが、例えば、睡眠時間を削っても、風邪を引いていても運動をしなければ気がすまないという人は、病気なのか?と考えると、ことはそう単純ではないのです。 本人にとってその習慣は日々を生きていくために必要な価値を持っているかも知れないのです。 そういう意味でも治療は難しいのだろうなと思いました。 頭が働かなくて、起承転結の整った文章が書けなくなって久しいのですが、これも続けていかなければならないものの1つなのだということを、これを書いているうちに気が付きました。