ツァラトゥストラはニーチェのルサンチマン?
この前、ニーチェの本を幾つか読んで思ったのですが、ニーチェがツァラトゥストラで批判している世の中一般の考え、隣人愛とか宗教上の決まりとか言ったものですが、
考えてみると、彼はそういったものによって随分と助けられていたようにも思います。
大きな病気を患って、その後遺症に苦しめられることになったわけですが、家族が常に助けてくれていました。
その上、最後の精神錯乱になった際には、彼の友人がおかしな内容の手紙を受け取ってから、骨を折って彼を街の病院へと入院させたのです。
さらにはその後、彼の母親が希望して母親と共に別の町の病院へと移り、そこで生涯を終えます。母親が看病しやすいようにということだったんでしょう。
彼を助けたものの背景に宗教的なしきたりや「そうあるべき」理想的な態度・思想があったとすると(無ければニーチェはそれを批判しなかったでしょう)、彼はそういったものに助けられていながらそれを批判していたことになります。
『ツァラトゥストラ』はニーチェのルサンチマンでは無いのでしょうか?
ニーチェの思想は、どちらかというと病気をして重い後遺症を負ったり、障害をもって生まれてきたということを受け入れるという意味合いが強いような気がします。
だとすると、世間というものが問題の核心の一つである、日本の対人恐怖症やコミュ障、引きこもりなどで苦しんでいる人々にはあまり当てはまらないような気もしてきますね。