ゆるコンピューター科学ラジオを見た。
1年前の動画だ。
AIの専門家がゲストらしい。
冒頭では、言語を学習させるときに昔は文法を教えるようにしていたらしいが、ニューラルネットワークによる学習ではデータを適当に食わせるだけで良いというような話をしていた。
水野氏によると、The boyに続く動詞はisだが、The boy who the girls love is running over there. のようになっている場合、The boyの直後に来る動詞はisであるという決まりでは説明できなくなる、という話をしていた。
つまり、入れ子構造になっているとルールが複雑で普通にプログラムで翻訳システムを作る場合には、ルールを作るのが難しいのではないか?ということだと思う。
水野氏の説明もチョムスキーのものらしいが、入れ子構造と聞いてチョムスキーの言語の再帰性の話を思い出した。
コンピューターも言語学も素人だが次のようなものらしい。
言語の再帰性(Recursivity)は、 フレーズや文の中に同じ構造(フレーズ)を入れ子状に繰り返し埋め込める性質です。チョムスキーが言語の基本特徴として提唱し、有限のルールから無限の文を生成可能にします。「これは[AがBした]本です」のように文を無限に長くできる構造を指します。
Google AIより。AIなので間違いがあるかもしれない。
これが、アマゾンの原住民ピダハンの言葉には無いという指摘が現地で研究した人からされ論争となったはずだ。
あれは決着ついたのだろうか?
言語間転移学習という話もあった。
AIに例えば多言語を日本語に翻訳するように意図して学習させなくても、様々な言語を素直に読み込ませて学習させると自然と多言語を操れるようになるという。
昔は多言語翻訳の鍵として中間言語を用いるという手法が有力視されていたと記憶している。
中でもエスペラント語がその候補にあげられていた記事を見た記憶がある。
GoogleのAIモードの説明によると以下の通り
エスペラント語は、1887年にポーランドの医師ザメンホフが考案した国際補助語であり、その高い規則性と中立性から、機械翻訳や多言語翻訳における「中間言語(ピボット言語)」として理想的であると考えられています。 翻訳と中間言語としてのエスペラント語に関する主なポイントは以下の通りです。
1. 翻訳における中間言語としての役割 構造のシンプルさ: エスペラント語は例外のない規則的な文法を持ち、名詞・形容詞・動詞が語尾で明確に区別されるため、コンピュータが意味の原子(基本単位)を処理しやすい。
2.多言語変換の効率化: n言語間の翻訳を直接行う場合、 n(n-1)通りの翻訳プログラムが必要になるが、エスペラント語を中間言語にすると2nの変換プログラム(自然言語エスペラント)で済む。
3.AIシステムでの利用: 翻訳プロセスにおいて、一度エスペラント語に変換することで、文脈や意味の構造を安定させ、別の言語に翻訳する手法が研究・提案されている。
また、これも古いがAIでも多言語の翻訳に中間言語らしきものが用いられている、しかし人間にはわからないものであるという記事があった。
ただ、世界中のデータの量を考えると英語に対して日本語の資料は圧倒的に少なくて、結果、出力された日本語文の語彙が少ないという指摘がされていたはず。
実際、この問題を解決するのに日本語に特化したAIを作る取り組みがあるようだ。
ニューラルネットワークが脳を模倣していると言われているが、実際には脳のように海馬とか前頭葉などの部位に別れていてそれらが連携してものを考えているのに対して、ニューラルネットワークは神経細胞に似せたものをたくさんレイヤーを重ねたものだから全然違うという。
堀元氏は、同じアウトプットが出てくれば相手の中身が自分と違うゾンビみたいな存在でもかまわないという。
生成AIに知性や感情を感じるか?という話も出た。
AIに生き物性を感じるかどうかも人間。
だから、生成AIは行列の演算の結果を出力しているに過ぎないよと専門家が言っても、世の中の大半の人がAIに生命を感じると、AIが搭載されたロボットを廃棄しようとしたときに「動物虐待だ」みたいなことになる可能性があると水野氏の知人が言っていたらしい。
水野氏はするどいと言っていたが、2016年の段階で既に同じ論争は起きている。
ジェミノイドとかマツコロイドとかの人間に似せたロボットの不気味の谷の話でも同じようなことが言われてた気がする。
ロボットやアンドロイドに人間らしさを感じるのも人間だと。
ドラえもんの映画 のび太の海底鬼岩城にバギーちゃんという人工知能付きの車が登場して自己犠牲で死んでしまうのに感情移入して感動する話が例えとして出されるのだが、YouTubeコメントにそもそもドラえもんがそういうロボットだろうというツッコミが入っていた。
水野氏によると、マックス・プランクが次のようなことを言っていたそうだ。
ある新たな科学的真理は、その反対者が納得し「わかった」と表明するやり方ではなく、むしろ反対者が徐々に亡くなっていき、若者たちがあらかじめその真理を熟知していることで認められるものである
動画では実際にはAI人権否定派が生きているうちに若い人たちを中心に大半の人の考えが変わるのではないか?と予想をする。
AIと子供の頃から暮らしている人たちが増えればそうなってもおかしくないと。
りょーさん(ことラボのりょ氏の事らしいが確認していない)という専門家はAI彼女のようなサービスは倫理的に危ないと指摘していた。
水野氏はAIと出会えるマッチングアプリを紹介する。
浮気をしたい人がAIに感情を向けることで、実際の人間と浮気することを未然に防ぐことが目的だという。
AIとの恋愛関係の危険性としては、AIと会話を通じて自殺願望が起きたり、後押しされて、自殺を決行してしまうというものが実際にあった。
りょーさんは、現実に恋愛できる機会があるのにそれをAIが奪うのは良くないという。
しかし、堀元氏はそれは生産性がない生き方を否定する優生思想みたいな論理じゃないか?と疑問を投げかける。
水野氏は、頭では堀元氏の意見はわかるが、直感的には反対の気持ちがあるという。
ここのやり取りは結構面白い。
裁判の判定にAIを使うことは避けるべきという論文(?)がある、人間が責任を取らなければならないという話も出た。
堀元氏はそれを聞いて、ある小説を紹介する。
仕事はほぼAIが行うが人間ができる数少ない仕事が責任を取ることだったという未来の話だそうだ。
水野氏は医者の世界にも同じような話があるという。
風邪と同じような症状だが、低い確率でヤバい病気があってそれを見抜けなかった場合にAIが責任を取れるか?ということだ。
りょーさんは、人に責任を取らせるのは人が痛みを感じるからだと考える。
しかし、堀元氏はそれも「AIに人格がある」という認識を多くの人が持った世の中では、AIに責任を取らせても納得できそうだという。
水野氏も、痛みを感じるために生きるのか?最大の責任の取り方が死刑ということは寿命を全うしない生き方が責任を取ることになるのか?最終的に責任を取ることが仕事だとすると痛みを得ることと引き換えに賃金をもらうことになるという。
AI人格がリアルになれば、AIが責任取っても多くの人が納得するようになる。
いよいよ人間の仕事が無くなり、辞書を読むしかなくなるという結論だった。
深夜までの収録となり、話は尽きないがお開きとなっていた。
かなり、面白いので見てほしい。