あれこれ備忘録@はてなブログ

勉強したことやニュースや出来事を備忘録として書いていきます

みんな爆笑問題田中裕二の器の大きさを知らない。本当は爆問は太田より田中でもっているんだよ

本当は登場する人物全てに「さん」など敬称をつけるべきなのだが、かえって文章がおかしくなる気がするので今回は敬称略で勘弁してもらう。

SMAPの3人、稲垣吾郎草なぎ剛香取慎吾の3人が解散後揃って出演する番組「72時間ホンネテレビ」がAbemaTVで昨日から放送されている。

私はほとんど見ていなかったのだが、累計視聴数(AbemaTVの視聴数は見るのを止めても減らず、通信が切れたりして再読み込みしても新たにカウントされるらしい)が1430万アクセスとなるなど話題となった。

www.goodbyebluethursday.com

初日はパーティ形式の番組で、そこに爆笑問題太田光田中裕二も登場したらしい。

ここでの太田に対する香取の態度が失礼だったという記事がはてなブックマークのトップにエントリーされていた。

太田が色々やっているのに、香取慎吾スマホをいじっていて大田を無視していたということだそうだ。

香取慎吾爆笑問題が扮する爆チュー問題でも共演しているようだし、お約束のところもあるのだろう。

また、今日の放送されていたように、俳優の山田孝之にインスタグラムを教わり、SNSを使いこなせるようにならないといけないため、その予習や基本的なスマホ操作をマスターしておかなければならなかったので勉強していたのかも知れない。

大体、太田光は一人で暴走し、場の空気を微妙にするので放っておいたほうが良いのかも知れない。

彼自身、時々、そんな自分を持て余し、自分で自分をコントロールできないのを不安に思って「どうしたら良い?」と周りに聞いたりしたことがあった。

生放送なので編集もできないし、やりたい様にやらせておくより他は無かったろう。


印象的なのは、記事を書いたブログ主は太田ファンであることを思わせるのに対して、はてなブックマークコメントは太田に批判的なものが多かったことだ。

これはどちらも太田の評価が高いことによるものである気がする。

太田がつまらないというのには、ある時期より前とその後とでつまらないが指すところが異なる。

今は変な顔をして両手を前後に動かしたり、額に二本指を当てて「ピップ」とか言っている良くわからないというか下らない一発ギャグ的なものをやっている。

以前は、同じ笑えないということでも、意味合いはちょっと違って、マニアック過ぎてわからないギャグばかりやっていた。

具体的には覚えていないし、それこそマニアックなので良くわからないままになってしまったのだが、多くは往年の名漫才師や名の知れた落語家のネタだった。

評価されるべきは、そんな太田に的確なツッコミを入れる田中裕二の存在である。

太田がマニアックなギャグを言っても、元ネタに言及してきちんとツッコミを入れる。

共演者はほとんど意味がわからないのだが、田中が突っ込んだのでとりあえず笑い、元ネタとして言及されていた漫才師や落語家の名前は知っているので、「きっと高尚なシャレ」なのだろうと思っていたのではないかと思われる。

また、田中はとても器が大きい。

田中は自分がいじられてもほとんど怒らない。

最近はほとんど爆笑問題のラジオをほとんど聞いていないのだが、ラジオで太田ばかりかリスナーにネタにされても「いいよ、いいよ」「やめろよ」とは言うものの本気で怒ることはあまりない。

そんな田中だが、太田が他人のネタをパクってボケると全力で突っ込む。

あるテレビ番組で太田が田中をいじって両手で指を差しながらからかっていた。

いつもどおり田中は「やめろよ」と言いながらもニヤニヤしていた。

それを少しやりすぎて微妙な空気になったのを感じた太田が「ゲッツ!」と指を差していたことからダンディ坂野の持ちネタを使ってボケた。

田中の「他人の持ちネタだろ!」とツッコミを入れたときの目はちょっと怖かった。

自分へのイジリは許しても他人のネタをパクるのは許さない男が田中裕二である。

そんな田中でも、これまでに何回か本気で怒り、太田と大喧嘩になったことがある。

記憶が確かならきっかけは『笑っていいとも』のクイズコーナーだったと思う。

その頃、クイズに間違えるとつけている電極から電流が流れ、傷みにもだえるという罰ゲームが流行っていた。

何故かその日は太田に電流が流されてもんどり打つシーンが多くあった。

どうも太田はそれが気に入らなかったようだ。

つまり、そういうことで笑いを取るのは自分ではなく、田中の役割だろうというのである。

そのことで楽屋で太田と田中は大喧嘩する。

田中は「そういうことなら解散だ!」と言い、太田も引くに引けなくなり、売り言葉に買い言葉で収拾がつかなくなった。

田中は怒って楽屋から出ていった。

一人残された太田は、最初は頭に血が昇っていたものの、しばらくすると「言い過ぎたな」と思ったようである。

そして太田は立川談志から言われた言葉を思い出す。

正確ではないが、おおむねこんな言葉である。

太田光は天才だ。しかし、爆笑問題田中裕二がいないと成り立たない。だから解散は絶対するな」

そして冷静に考えれば、前述の通り、太田のマニアックなボケに適切にまた間髪入れずにツッコミを入れてくれるのは田中だけなのである。

司会のうまさが評価され、田中が司会で太田はギャラリーとして参加している番組が増えていた。

現在でもその形態の番組はある。

今でこそ、一般向けなのか良くわからないがマニアックではない一発ギャグみたいなことをするし、ボキャブラ天国時代からの仲間との交流があって、お互いに気心が知れているからか、ネプチューン土田晃之などにボケを拾ってもらえるが、それ以前はマニアックで田中しか突っ込めなかった。

司会進行に気を取られて、田中にボケを拾ってもらえなかったとき、太田は迷子の犬みたいな寂しい目をして笑みを浮かべるだけだった。

爆笑問題が若い頃はボキャブラ天国があったから良かったものの、漫才やコントで注目された後、雛壇芸人としてキャリアアップする現在のシステムでは爆笑問題が今の地位を築くことはできなかったかも知れない。

太田は天才肌であるかのように見られているが、見ている限りアドリブが面白くないし、フリートークもあまりうまくないのである。

やはり、太田光には田中裕二が必要なのであった。

そのことを自覚しており、尊敬している談志師匠に解散するなと言われていた太田は、田中に謝ろうと決意した。

太田は楽屋を出て建物内をあちこち探すが見つからない。

外に出て探してみた。

すると、少し離れた公園のベンチで、田中は当時売られており、現在でも「お〜いお茶」やプライベートブランドなどで缶ジュースタイプのお茶は定着しているにもかかわらず、いつの間にか消えてしまった幻のお茶「のほほん茶」を飲んで、それこそ、のほほんと一人まったりと過ごしていたのである。

_人人人人人人人_
> のほほん茶 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

太田はすっかり気が抜けてしまい、田中もそんな調子だったからそのまますぐに仲直りしたらしい。

田中の器の大きさである。

いじられて笑われるのはお前の役割だ、という妙な決め付けやその考えに基づいたイジリが原因で仲がこじれて解散になった漫才師やコントグループは少なくないと思う。

そんな田中の素晴らしさは長いこと評価されなかった。

一時期は、太田が文芸方面の造形が深いなどでNHKなどで番組を持っていたこともあった。

森光子など大御所クラスの芸能人にも「セクシー」などと好かれていたと記憶している。

一方、田中は非常識でアンパンを経費で落とそうとして社長で太田の妻の光代に怒られたというエピソードが暴露されるなど、相変わらず弄られキャラだった。

それでも、最初の結婚が数年で終わりを告げたときには、太田光代は「元々、老後は太田(光)と田中と3人で暮らすつもりだった」と告白している。

爆笑問題・田中の問題に太田光代社長が言及「私も彼も彼女に感謝している」 | ORICON NEWS

離婚の原因の1つに、少し太っていた田中のダイエットのために前の奥さんは気を使っていたらしいが、田中がお菓子を隠れて食べまくっていたため台無しなったことがあるとか。

太田光代も彼女は彼女で、自宅でパーティを開いて、招いた客を放って置いてへべれけに酔っ払い、家に備え付けてあるという鉄棒に登ろうとして足を滑らして顔を強打して流血し、太田光や客を思い切り引かせるということがあったと太田光が明かしている。

爆笑問題太田が路線変更のつもりだったのか、前述のような妙な一発ギャグやマニアックでないギャグに走るようになったことや高評価の反動もあって、「太田はつまらない」という声が聞かれるようになり、相対的に田中の評価は徐々に上がってきた。

そして、札幌テレビ放送が製作し、日本テレビ系列で全国放送されていた「号外!!爆笑大問題」という番組で共演したのをきっかけに結婚することとなった山口もえと連れ子とのほほえましいエピソードなどもあり、随分と田中裕二の評価は高まったと思う。

イクメンの賞も受賞したし。

田中裕二イクメン授賞式「母乳が出てほしいと…」 - 芸能 : 日刊スポーツ

田中裕二は体は子供並みに小さいが、器の大きな男であることはもっと世間に知られるべきである。


この他にも、爆笑問題が売れなかった頃、今のようにレジが高機能でなく、ある程度、暗算が必要だった頃、お釣りの計算ができず常に多めに釣り銭を渡してクビになった太田に変わって、妻光代とともに家計を支え、コンビニの店長にならないか?と誘われるまでになったらしいなど田中裕二の人間の大きさを物語るエピソードは他にもあるようだ。

ちなみにその時、太田はゲーム三昧で本人曰く、ドラクエの世界では億万長者だったらしい。

爆笑問題マニアならもっと知っていると思う。

また、2chアスキーアートで取り上げられている田中の絵についている「なわけねぇだろ!(そんなわけ、ねーだろ!)」というツッコミ。

なわけねぇだろ!
  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ミ
  /  r――――ミ
 / / /   \|
`| /  (・) (・)|
 (6     つ |
 |    ___ |
 |    /__/ /
/|      /\

これは本当に田中の定型のツッコミで、爆笑問題(というか太田)の初の著作(のはず)『爆笑問題の日本原論』を執筆中、田中のツッコミがあまりに決まりきっているので、太田は当時使っていたワープロにテンプレートの変換用語として登録していたという。

Wikipediaを見てみたら、基本的に爆笑問題名義の本は太田しか執筆しておらず、田中は全く参加していない(ネタを作るのにはいくらか参加しているだろうが)にもかかわらず、印税は田中にも入るようにしているそうだ。

太田光 - Wikipedia

最後に太田光の良いエピソードが見つかったところで、話を終えたいと思う。

今は相変わらず田中が自分のことをいじられても怒らなくなったからか、太田が自分のキャラは云々と言わなくなったからかはわからないが、カラオケに行ってみたり、なんだかんだで仲が良いそうだ。

完全に記憶に頼っており、ソースを探していないので間違えているところもあるとは思うがおおむねこんな感じだったはずである。

田中裕二を正当に評価すると太田光も同時に評価し直され、「何故こんなに持ち上げられているかわからない」などといった変な批判も起きなくなると思う。

田中は器、太田はそこへ入る中身なのだ。