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あれこれ備忘録@はてなブログ

勉強したことやニュースや出来事を備忘録として書いていきます

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自分の生きてきたあり方は他の人のそれとは違うので、考え方の基準ももちろん違うよという話

身体障害でも同じですが、うつ病統合失調症になったとしても、実家から大学へ通えるとか、大学の近くに別に部屋を借りてもそこから実家へ帰るのにそれほど苦にならない距離である、というような地域に住んでいるかどうかで病気になった後の人生設計が変わってくるなと感じます。

 

それが高校あたりから起きるような地域ではさらに大変でしょうね。

 

病気をしていて、支援の宛が何がもない地域へ一人で暮らしながら進学するのは難しいですね。

 

発病して、ある程度、病気とのつきあいかたを心得て、病気自体も落ち着いてくるまで待つことで一人暮らししながら進学・就職ということはあるでしょうが、「いつでもやり直せる」という理想に反して、実際にはタイムリミットというものがあります。

 

実家から通ったり、実家とアパートなどを行き来しつつ、家族などのサポートを受けながら進学・就職できる地域とそうでないところとではおのずとその後の人生は変わってきますからね。

 

これは残念ながら、進学した後や就職した後に発病したときにも言えることです。

 

どこに住んでいるか、実家がそこから離れているのか、実家は都市圏なのか地方なのかはやはり色々なところに効いてきますね。

 

どんな人も努力していますし、自分の努力を自負するのは構わないのですが、上のようなことを考えずに他人の努力が自分よりも足りないと考えるようにはなりたくないものです。

 

どんな人でも自分の努力だけは報われるべきだと考えるのは仕方がないですが、それによって他人を貶めるようなことがどうしても起こります。

 

 

努力云々の前に、みんな自分の経験したものを基準としてしかものを考えられないものなのでしょう。

 

自分が健康だから、病気を持った人をdisる、自分の治療がうまくいったから代替医療を批判するというのもこういうことから起こります。

 

であれば、少なくともそういうクセがあること、相手の基準は自分と違うことを頭の隅に意識しておくことが必要になります。

 

自覚と自省がここでも大事なのかも知れませんね。

 

 

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