あれこれ備忘録@はてなブログ

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ゲーム脳(ネット脳)に個人的経験から反論

世の中では、否定意見が出つつも未だにネットやゲームをやっていると脳機能が低下するというゲーム脳論が根強く残ってますね。

しかしながら、個人的経験からすると頭の具合が悪くなるとかえってネットもゲームもしなくなります。

ある程度、集中力や理解力、読解力などなどがある場合は、ネットで興味のある事柄について調べたり、プログラムやCG、学生時代にやっていた分野の勉強を振り返ってみるなどなど、色々やってみようとします。

たとえ長続きしないとしても挑戦する意欲はあるうちはそれをするのです。

ブログを毎日ではなくても定期的に書くということもそこには含まれます。

日記にしろそのほか自分の得意な分野や興味のある分野について、ブログを書こうと思えば、記事にするための材料(情報)集めをし、実践が必要であればそれを実際に試し、結果をまとめ、下書きを書いてみて、それを読み返して誤字脱字を修正して、段落分けや内容の順序も再検討・修正しなければなりません。

その気力がなくなってくると、自分で能動的に何かをするということが徐々に難しくなってきます。

そうなっても、これまでの習慣やネット依存などのせいもあって、ノートパソコンを開いてネットに接続するということはまだするのです。

しかし、することというとメールを確認する、死後であるネットサーフィンをするくらいしかしないようになります。

自分から何かを発信する気力がなくなると、発信するために前述のようなこともしなくなる(できなくなる)ので一緒にそれらの能力も急激に低下します。

そして、ブラウジングするのでも、ポータルサイトを開いてそこにあるニュース記事を追うだけになってきます。

少し意欲があれば興味のある記事の興味のある事柄について、自分でさらに調べることもありますが、そうでなければサイトのトピックス、ヘッドラインをざっと眺めるくらいのことしかしなくなります。

気力が減退すると各カテゴリの深い階層の記事を読もうともしなくなります。

次の段階では、もはやPCを起動する回数が減ります。そうなると専らテレビを見るようになります。

それでもこの段階ではまだ知的好奇心は残っていて、ニュースやドキュメンタリーなどの教養番組を主に見ていました。

以前からそういった番組は見ていましたが、見ながら内容についてあれこれと考えたり、納得できないことについて調べたりということはこの時点では既にできなくなっていました。

とりあえず見るだけですが、それでも内容は一応理解はできましたし、そういったものを見たという満足感は感じられたわけです。

その段階を過ぎてしまうと、見るジャンルが変わってきます。

ドラマや映画が多くなってきます。

虚構の話で一方的に話が展開し、考えようが考えまいが結論が出るものしか見なくなります。

ミステリーものであっても特に犯人が誰かなど考えることはなく、私は個人的にあまり感情移入して見ないので本当にただただ眺めるだけです。

だいたいのものは、まぁまぁそれなりに面白く見ることができるのですが、ちょっとひねった内容だと、理解ができないということがありました。

ゲームについてはもともとあまりやってなかったので、どの段階になるとできなくなるのかは今となっては分りませんが、ひどい時にはゲームもできませんでした。

やる気が起きないのは今もそうなのですが、何も手につかないときにはゲームでもしようと試みたりしても、例えば新しく始めるゲームの場合、そもそもルールを理解する気力が無いために、チュートリアルの段階で挫折してしまうのです。

ゲームやネットをすると脳の機能が低下するというよりは、脳の機能が低下するとゲームやネットをできなくなる、というのが個人的経験から得た結論です。

ゲームやネットの弊害は、以前から言われている通り、他のことをするために使えた時間が奪われるということではないでしょうか?

集中力、記憶力、理解力そして何より意欲があるとき、その資源をネットやゲームにつぎ込んでもそれによって脳の力が減退することはないと思います。

思いますが、それらをゲーム・ネットに注ぎ込んだ成果を、将来使うことができる人は極極一部です。

プロゲーマー、プログラマー、ネットを使った表現者で無い限りは、若い時、健康なときの脳や身体の資源と時間をできるだけネットやゲーム以外のことにつぎ込まないと、注ぎ込んだ分のリターンを役立たせることはできません。

PCを使いこなせなければ仕事ができない時代ではありますが、自由な時間を自分の興味のままにパワーポイントの表現方法やエクセルの数式をマスターすることに費やす人は普通はいないのです。

将来得られたはずの技術が得られなかったという意味での損失があるよ、という使い古された理屈がやっぱり真理であるような気がします。

仕事に限りませんが、自分の人生を豊かにすること、そして体の健康に、今ある資源を注ぎ込む。

なかなかできませんが、それをする努力をすることが重要なんでしょうね。

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