あれこれ備忘録@はてなブログ

勉強したことやニュースや出来事を備忘録として書いていきます

「言ったこと」より「言った人」が大事

「何を言った」より「誰が言った」という社会

これはその通りだと思います。

立派なことを言っている人は実は別の目的があって・・・ということがあるので、言っている人がどういう背景を持った人なのかが大事になることもあるわけですが。

それが意見を判断する基準として使われることになると困ったことになりますよね。

「あの人は口ばっかりだ」ということで意見が却下されたり、批判されたりすることもありますが、もともとその人がするものではない事柄に対する意見まで、そのことを理由にするというのはおかしいと考えるのが普通じゃないでしょうか?

少なくともそういう批判をする人たちというのは、自分たちの意見に基づいて行動しているんでしょうか?

例えば政治的な意見に関して言えば、彼らもほとんどの場合、国や政治に関わる仕事もしていませんし、政治的な活動もしていません。

人となりを理由に意見を否定することもありますが、その人を無条件に肯定する場合もありますね。

私はリサイクルは意味がないからするな、という武田教授の意見には賛成しません。

でも、この記事の意見については賛成します。

小泉元首相に関しても、首相時代にした郵政民営化や、それだけを争点にした選挙、それによって一度は廃案になったにもかかわらず、郵政選挙で復活し通ってしまった自立支援法、そして派遣法の改正。

それらに関しては反対ですが、原発に関しては賛成です。

政治的な意図が無いとは言えません。

意図を読めずにした失敗も多いかも知れませんが、意見ではなく人を批判することによって正しい意見が通らなかったための失敗も少なくないのではないでしょうか?

仕事だけで評価せず、コミュニケーション能力や職業的な礼儀、パートにも高く求められる接客サービスがありますが、ああいうのも似たようなものの考え方から来るような気がしますね。

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