あれこれ備忘録@はてなブログ

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ビートたけしのTVタックル

21時 ビートたけしのTVタックル 孔子の子孫の人が、中国メディアは20km圏内に入って取材をしたのに日本は何故入らないのか? という質問をしたのに対して、何故か手嶋さんも宮崎さんも理由をちゃんと説明せず、しないことが間違いであるかのような方向で話が展開されていきました。

 

内規があるから駄目なんだという程度の説明がありましたが、何故そうなったのかについてはちゃんと言わないんですね。

 

ちょっと気になったので、記憶を確かめるために調べてみました。

 

もともと社員の身の安全については十分に考えなければならなかったでしょうが、そういうことが意識的にまもられるようになったきっかけはやはり雲仙普賢岳の噴火でしょう。

 

あの火砕流から19年…雲仙・普賢岳で追悼式典 またマスコミの記者美化話が始まるぞー マスコミが報じない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」

 

つまり、今回の震災・原発事故と同じようにある地域一帯に避難指示が出ていたのですが、マスコミはその指示を無視して避難指示地域に入り込み、火砕流によって犠牲者が出たのです。

 

マスコミだけであればまだましですが、彼らに避難を促すために消防団員や警察官がしなくても良いはずの警戒活動を続け、彼らの中からも犠牲者が出たわけですね。

 

そういうことを教訓にして、日本のメディアはいたずらに住民が避難した地域に入らなくなったというところもあったのだと思います。

 

もちろん昔と違って危険な地域への取材を強いることができなくなったということもあるでしょうが。

 

ヘリが墜落した現場を取材しにいった日テレの取材クルーを載せたヘリが事故を起こしたときには下の記事のように普賢岳の教訓を忘れたのかと批判されました。

 

日テレ遭難!普賢岳の教訓は何処へ?【追記】あり

 

ただ、日本人は取材に行かなかったことの背景にこういうことがあったということをすぐに忘れてしまいます。

 

だから海外メディアからそのことを批判されると彼らに同調し、手のひらを返したように日本のメディアを批判し始めるのです。

 

こうして日本は何度も何度も同じ間違いを繰り返すのですね。

 

いかないのが正解だというのではなく、どちらかを選ばなくてはいけないのに、批判を受けてこちらを選んで、その後になってそうなった理由をすぐに忘れてしまい、今の状態を批判したりする。

 

前に書いた辺見庸さんが言っていた事も同じようなことを背景にしているんじゃないでしょうか。

 

そもそも原発事故がここまで悪化したのも、その兆候がありながらも自分たちに都合のいい楽観論を元にした対応をする東電に任せるしかなかったせいですが、 彼らを止められなかった理由というのは、「官から民へ」何でも民営化すれば良いと考えてきた多くの国民の罪でもあるわけです。

 

そういうことを選んできたことを忘れて、国が口を出せない状況を批判するのはおかしいですよね。 ユッケの食中毒も同じです。

 

規制を最小限にして民間に任せる、市場原理に任せれば何かあったらその企業は淘汰されるから大丈夫だと言ってきた結果がこれです。

 

淘汰は起こるでしょうけど、そのきっかけには犠牲があるんです。

 

規制をいらないと言ってきた人はこういう犠牲を許したということなんです。

 

こういうことがあって規制が必要だとか、規制がなかったことを批判するなんてことはそういうことが分かってない人だと思います。

 

すでに自由化されている飲食業界で今回のようなものに規制が必要だというのなら、電力会社を自由化したところでやっぱり何かあったら同じように国のさらなる規制や対応を求めるんです。

 

大火砕流に消ゆ―雲仙普賢岳・報道陣20名の死が遺したもの (新風舎文庫) フォーカス スクープの裏側 普賢岳OFF LIMITS 立入禁止区域

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